日本に生命保険会社が誕生した当時は、その資金の運用先は国内に限られていました。 それが1971年に解禁されたことにより、外国株式への投資が盛んに行われるようになりました。 解禁から20年ほどで運用資金の15%を占めるまでに拡大していったのです。
外国株式の割合が増えていった理由には、生命保険の利率引き上げが挙げられます。 予定利率を引き上げたことにより加入者が増加し、生命保険会社の総資産は飛躍的に増加したわけですが、 それに伴って加入者への配当や保険金の支払いなども増えることになります。 運用資金が増えたこともありますが、支払う配当金を効率よく取得するために、 より利回りの高い外国株式への投資が増えたということになります。
その後、プラザ合意により急激な円高が発生し、生命保険会社はかなりの損害を受けたと思われます。 さらに追い打ちをかけるようにバブル経済の崩壊による株価下落が発生。 生命保険会社は運用資金だけでなく、会社そのものが大きな打撃を受けたのです。